数日進むと、藍旗官が錨を降ろさせた。何があったのかと三宝太監が驚く。藍旗官が、人がたくさんいて建物もあるから西洋の国に違いないという。
人をやって確認したところ、そこは、「哈密西関」で、さらに先に「金蓮宝象国」があるとわかる。
支度を調え、金蓮宝象国に向かう。
征西左先鋒の大将軍・張計、別号西塘。定元の人で、もとは南京羽林左衛総指揮が名乗り出て、一番先に向かう。
2015年10月7日水曜日
2015年10月6日火曜日
西洋記37
第二十二回 天妃宮夜助天燈 張西塘先排陣勢
碧峰長老が甲馬を用いて錨を運んで船にもどさせる。
いよいよ西洋、気をつけなければならない。
海は広く道はわからず、雲が広がりって太陽が隠れ、何も見えなくなってしまう。三宝太監はあわてる。王尚書が国師に対応してもらったらと太監に進言していると、天地が暗くなり、波は高く、西から狂風が吹いてくる。
風で隊列が崩れ、天師の船、国師の船、二隻の軍船が別れ別れになる。
三宝太監と王尚書が天に祈ると紅燈を手にした天神が現れ、風と波をおさめて、大小の船は再び集まる。天神は天妃であった。
碧峰長老が甲馬を用いて錨を運んで船にもどさせる。
いよいよ西洋、気をつけなければならない。
海は広く道はわからず、雲が広がりって太陽が隠れ、何も見えなくなってしまう。三宝太監はあわてる。王尚書が国師に対応してもらったらと太監に進言していると、天地が暗くなり、波は高く、西から狂風が吹いてくる。
風で隊列が崩れ、天師の船、国師の船、二隻の軍船が別れ別れになる。
三宝太監と王尚書が天に祈ると紅燈を手にした天神が現れ、風と波をおさめて、大小の船は再び集まる。天神は天妃であった。
2015年9月28日月曜日
西洋記36
第二十一回 軟水洋換將硬水 吸鐵嶺借下天兵
碧峰長老は船を止めさせる。軟水洋についたのではないかと言われて、三宝太監はおびえる。
碧峰長老は竜宮に行き、東海龍王・敖広に面会する。
東海龍王は軟水洋の事を話す。
太宗と玄奘の西天取経の由来の話が出る。
碧峰長老が鉢を用いて軟水を去り、船は前に進めた。
次の難所は吸鉄嶺。牒文を焼き、霊霄宝殿の玉帝に、吸鉄嶺を越えるときに天兵に錨などを運んで欲しいと奏上する。三十六天罡が天兵を率いてやって来て、錨などを運ぶ。また、碧峰長老は西海龍王・敖順に頼み、一千の水獣を出して船を運んでもらう。
碧峰長老は船を止めさせる。軟水洋についたのではないかと言われて、三宝太監はおびえる。
碧峰長老は竜宮に行き、東海龍王・敖広に面会する。
東海龍王は軟水洋の事を話す。
太宗と玄奘の西天取経の由来の話が出る。
碧峰長老が鉢を用いて軟水を去り、船は前に進めた。
次の難所は吸鉄嶺。牒文を焼き、霊霄宝殿の玉帝に、吸鉄嶺を越えるときに天兵に錨などを運んで欲しいと奏上する。三十六天罡が天兵を率いてやって来て、錨などを運ぶ。また、碧峰長老は西海龍王・敖順に頼み、一千の水獣を出して船を運んでもらう。
2015年9月15日火曜日
西洋記35
話をして、兵士たちが海の水を飲んでいるので塩で体をこわしたことがわかる。碧峰長老の船だけは水を取るときに碧峰長老の数珠を使って真水にしていたので無事だったのだ。
長老が、各船に数珠を貸し、真水を取るようにすると、みなは元気になった。
続いて暴風に遭う。
長老が画匠に僧鞋を描かせ、船首に掛けさせると、風が穏やかになった。長老の僧靴には四句の詩が書かれていて、画匠たちはそれも写していた。張天師が、それは達摩祖師の詩であると言い、由来を語る。
二人の元帥が張天師の博識に感心していると、船が進めなくなったという伝令が入る。
長老が、各船に数珠を貸し、真水を取るようにすると、みなは元気になった。
続いて暴風に遭う。
長老が画匠に僧鞋を描かせ、船首に掛けさせると、風が穏やかになった。長老の僧靴には四句の詩が書かれていて、画匠たちはそれも写していた。張天師が、それは達摩祖師の詩であると言い、由来を語る。
二人の元帥が張天師の博識に感心していると、船が進めなくなったという伝令が入る。
2015年9月9日水曜日
西洋記34
第二十回 李海遭風遇猴精 三宝設壇祭海瀆
四匹の小猿が母の命を受け、崖の下を見ると泣いている者がある。声をかけ、母に言われて藤の蔓を綱にして李海を助ける。李海が母猿に目通りすると、母猿は婦人の姿に、小猿たちは下僕の姿に着替え、李海をもてなし、李海と母猿は結婚する。
山上で雷のような音を聞いた李海が母猿に問うと、雷ではなく大蟒が下山して水のところに行く時に立てている音だという。
蟒が持つ夜明珠を取って献上しようと思い、李海は大蟒を倒そうと考える。
計略を立て、大蟒の命数が定まったという李海。老猿も指を折って占い、大蟒の命数が定まっていると言う。
李海は、自分は諸葛孔明の馬前神数を使ったと言う。李海は大蟒の通り道に槍をしこみ、倒した大蟒から夜明珠を取り出す。老猿は、術を使って李海の腹に珠を収める。珠は生きていて、生き血を養分としているのだという。
李海は老猿から恐れられたのを知り、身を慎み、宝船が行って戻ってきて、連れ帰ってくれるのを待っている。
さて、宝船の方は、祭りを行ってからは波が静まり、順調に海を進んだのだが、数日して、兵士たちがみな疲弊して寝てしまうという事態が発生する。ただ、国師の船の部下たちだけは無事であった。
四匹の小猿が母の命を受け、崖の下を見ると泣いている者がある。声をかけ、母に言われて藤の蔓を綱にして李海を助ける。李海が母猿に目通りすると、母猿は婦人の姿に、小猿たちは下僕の姿に着替え、李海をもてなし、李海と母猿は結婚する。
山上で雷のような音を聞いた李海が母猿に問うと、雷ではなく大蟒が下山して水のところに行く時に立てている音だという。
蟒が持つ夜明珠を取って献上しようと思い、李海は大蟒を倒そうと考える。
計略を立て、大蟒の命数が定まったという李海。老猿も指を折って占い、大蟒の命数が定まっていると言う。
李海は、自分は諸葛孔明の馬前神数を使ったと言う。李海は大蟒の通り道に槍をしこみ、倒した大蟒から夜明珠を取り出す。老猿は、術を使って李海の腹に珠を収める。珠は生きていて、生き血を養分としているのだという。
李海は老猿から恐れられたのを知り、身を慎み、宝船が行って戻ってきて、連れ帰ってくれるのを待っている。
さて、宝船の方は、祭りを行ってからは波が静まり、順調に海を進んだのだが、数日して、兵士たちがみな疲弊して寝てしまうという事態が発生する。ただ、国師の船の部下たちだけは無事であった。
2015年7月3日金曜日
西洋記33
国師は、『三国志』の諸葛亮が濾水を祭った説話を話す。
病気の軍人の衣服に動物の血をつめたものを贄として祭りを行うと、白龍の妖怪は去り、波は静まり、宝船は進めるようになった。
だが、この時、水に落ちて助けられなかった軍人が一人いた。
それは南京水軍の右衛の軍士で、姓を李、名を海と言う者であった。波に飲まれ、流されて二、三百里の遠くの山のふもとに流れ着く。
夜を明かし、心細く、どうしていいかわからずに泣いていると、山の老婆が驚く。
この老婆はもともとは彌羅国王の娘で、兄の一人が王、もう一人が公、弟たちは伯、子、男とされている。麻鵲を飼っており、五百年飼っていたら言葉を覚え、好きに飛び回るようになった。ある日、終南山に飛んできて、後羿に行き会い、射られて死んだ。驚いて中国に来て周の天子に言うと、周の天子は堂を降り、敬意を表した。後に秦の始皇帝が正宮皇后にしようとしたが、断った。あちこちを流れ歩き、恋も多くした。韓信も来て戯れ、手で殴って韓信を病気にした。高祖に従い、監禁させると、すぐに貴人たちが牢から出そうとした。
彼女が言う。
「南膳部洲には住みがたい、東勝神洲に行き花果山に住みましょう」
孫行者(孫悟空)と争う(いい仲になる)。入り江を登り、この山に住むことにする。この山は、封姨山と呼ばれるようになった。ここに住み、猿となる。長年あれこれあって、四人の子どもを育てる。子どもは四匹の小猿であった。
ある日、老猿が洞の中で座っていると、山の岩の下から鳴き声が聞こえ、慈悲の心を起こし、子猿たちを呼んだ。
様子を見てこいと言われた小猿たちは山の岩の下に向かう。
西洋記32
白龍江に着く。
またしても波が荒れており、船が進めなくなる。
三宝太監(鄭和)と王尚書が張天師のもとを訪れ、妖怪ではないか?と尋ねる。
張天師は、蛟龍ではないかと言う。
さらに、三宝太監と王尚書は、国師のもとも訪れる。
国師・碧峰長老は、船にしつらえてある蓮台の上に座っている。
国師は、二人と共に懸鏡台に行き、三丈もの大きさの丸い照妖鏡を使って人食い白龍であることをつきとめ、これは張天師にまかせるという。
張天師は、ここの老龍の由来を話す。
黄帝が荊山で鼎を鑄た時に、ここの老龍に乗って天に昇り、天で悪さをしたので九天玄女が捕らえ羅墮閣尊者のもとに送った。尊者は鉢の中で龍を飼っていたが悪さがやまず、世に下っては張果老の驢馬を食べたり、周の穆王(穆天子)の八匹の駿馬を傷つけたりした。朱浮が屠龍法を学んで退治しようとし、巴蜀の橘の実の中に閉じ込めた。囲碁の賭けで放され、再び葛陂に来て費長房に行き当たり、棒で打たれて痛みに耐えかねて華陽洞に逃げ込む。呉綽の斧を受けて頭は落ちなかったものの項の下の珠をなくし、天に帰れなくなり、またこの白龍江にいて、害をなしているのだ。ますます人食いがひどくなり、五百人に一人欠けても満足しなくなっているという。
五百人は多いが、同じ「五」だから五十人でどうだろうか、と三宝太監が言う。病気を訴えてきた軍士から五十人を選んで祀ったらいいのではと言うのに対して、王尚書は人命は大切だから無辜の者を殺して祭るのは忍びがたいと言う。
馬太監は仇敵であり、反対意見を述べ、たった五十人の病人ぐらいいいだろうと言う。
王尚書がさらに無辜の人を五十人も殺したら人心が落ち着かないと述べる。
三宝太監は病気の軍人から五十人を選ぼうとする。これを聞いて皆は、自分は病気ではない、病気は治ったと言う。だいたい仮病で、数日食べなかった分、しっかり食べ、身支度を整え、元気な姿になってしまうと、無辜の命を取るのはどうかということになる。
王尚書が国師に教えを請うてはどうかと言う。
またしても波が荒れており、船が進めなくなる。
三宝太監(鄭和)と王尚書が張天師のもとを訪れ、妖怪ではないか?と尋ねる。
張天師は、蛟龍ではないかと言う。
さらに、三宝太監と王尚書は、国師のもとも訪れる。
国師・碧峰長老は、船にしつらえてある蓮台の上に座っている。
国師は、二人と共に懸鏡台に行き、三丈もの大きさの丸い照妖鏡を使って人食い白龍であることをつきとめ、これは張天師にまかせるという。
張天師は、ここの老龍の由来を話す。
黄帝が荊山で鼎を鑄た時に、ここの老龍に乗って天に昇り、天で悪さをしたので九天玄女が捕らえ羅墮閣尊者のもとに送った。尊者は鉢の中で龍を飼っていたが悪さがやまず、世に下っては張果老の驢馬を食べたり、周の穆王(穆天子)の八匹の駿馬を傷つけたりした。朱浮が屠龍法を学んで退治しようとし、巴蜀の橘の実の中に閉じ込めた。囲碁の賭けで放され、再び葛陂に来て費長房に行き当たり、棒で打たれて痛みに耐えかねて華陽洞に逃げ込む。呉綽の斧を受けて頭は落ちなかったものの項の下の珠をなくし、天に帰れなくなり、またこの白龍江にいて、害をなしているのだ。ますます人食いがひどくなり、五百人に一人欠けても満足しなくなっているという。
五百人は多いが、同じ「五」だから五十人でどうだろうか、と三宝太監が言う。病気を訴えてきた軍士から五十人を選んで祀ったらいいのではと言うのに対して、王尚書は人命は大切だから無辜の者を殺して祭るのは忍びがたいと言う。
馬太監は仇敵であり、反対意見を述べ、たった五十人の病人ぐらいいいだろうと言う。
王尚書がさらに無辜の人を五十人も殺したら人心が落ち着かないと述べる。
三宝太監は病気の軍人から五十人を選ぼうとする。これを聞いて皆は、自分は病気ではない、病気は治ったと言う。だいたい仮病で、数日食べなかった分、しっかり食べ、身支度を整え、元気な姿になってしまうと、無辜の命を取るのはどうかということになる。
王尚書が国師に教えを請うてはどうかと言う。
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