2025年11月30日日曜日

続西遊記翻訳メモ 小ネタ 你能自知

  『続西遊記』第1回に、

 你能自知人得而知你能自愚人不得而愚

  という部分がある。すべての文字の右横や右下に小さな○が付けられている。(判別しにくい部分もある)

  この前には、悟りを得ることについての話。

  この後は、「拙僧は真の処から真を尋ねる。師兄は假の処から假が露れたにすぎない」といった流れ。

 自知→自らを知る なのだが、

「あなたは自らを知ることができ人は而して知ることができる

あなたは自分を愚(だま)すことができ人は而して愚すことができない」

これだとどうも違和感が出る。

 そこで知るを「悟りを得ること」と考えてみる。

「あなたは自ら悟ることができ人は悟ることができる

 あなたは自ら愚かであることはでき人は愚かであることはできない」

  さらに意味を考え、而を汝の意味と取ってみると、 

你能自知 人得汝知 你能自愚 人不得汝愚

 「あなたは自ら悟ることができ人はあなたを悟らせることができる

  あなたは自ら愚かであることはでき人はあなたを愚かにすることはできない」

  かなり頭をひねったが、これでだいたい意味が通るようになった。

 「自ら悟ることはでき人があなたを悟らせることはできるが、自ら愚昧であることはできても人が(すでに悟った)あなたを愚昧にさせることはできない」

 


続西遊記翻訳メモ 小ネタ 奇觀小子

 『続西遊記』第1回に、

 就是列位出了金錢変件奇觀小子也沾勝遇有何不可 

という部分がある。

  この以前には龍に変化し、次に虎に変化した術士に、「次は自分たちがお金を出して術を見せてもらう」と、集まっていた人たちが言ったので、霊虚子が、「どうぞどうぞ」と話す部分だ。

 さて、原文ではどこで切るか不明だ。

就是列位出了金錢変件奇觀  あなた方がお金を出して何か奇觀に変わってもらい

小子也沾勝遇有何不可    小子(わたし)も楽しませてもらうのもいいでしょう

 

 普通にありそうな切り方だが、

 

就是列位出了金錢変件奇觀小子 あなた方がお金を出して奇觀小子に変わってもらう

也沾勝遇有何不可       のも楽しむのは悪くないでしょう

 

――――――

 「奇觀小子」だと、驚異の若者 絶世の美少年 と訳すことができる。

――――――

 この話の後、あたりの人々は術者に、なまめかしい美女に化けてくれるように頼む。

  龍→虎→??→絶世の美女

 という流れなら、?? には、奇觀よりも奇觀小子(絶世の美少年)のほうがしっくりくると思う。

 というわけで、『続西遊記 第一巻』の第1回では、 「たぐいまれな美少年」という言葉で訳しています。

 

 

 

 

 

 

2025年11月28日金曜日

続西遊記メモ 馬琴が読んだのはどれか

 『続西遊記』は、存在は知られていても、実際に目にした人の少ない作品でした。

 江戸時代、滝沢馬琴が読んで「続西遊記国字評」(今だったら外国語の本のレビューとか書評とかいう感じでしょうか) を残しています。

 しかし、翻訳はまったく出版されず、それどころか、中国では一時失われていて、魯迅も、他の文学者も著書に存在は書いていても、「未見(未読)」、つまり幻の作品になっていました。

 やがて原本が発見され、孫楷第『中国通俗小説書目』に、「同治戊辰漁古山房刊本」について記載があり、1980年代ごろに、それをもとにした活字本が出版され始めました。

 ところが、同治戊辰つまり1868年は馬琴の死後ですし、馬琴の「続西遊記国字評」では、表紙の「真復居士」が「貞復居士」は間違いで、「真復居士」だろうと指摘されているのです。つまり、「同治戊辰漁古山房刊本」は、馬琴が読んだ本とは違います。

 その後、嘉慶10年金鑑堂刊本が見つかりました。こちらの表紙は「貞復居士」と、文字がかすれており、馬琴が書いた特徴と一致しています。また、年代的にも馬琴が読めたはずなので、嘉慶10年金鑑堂刊本が、馬琴が読んだ本だと考えられます。 


  影印本を手に入れて読んでみたところ、あの三蔵法師、孫悟空、八戒、沙悟浄が天竺でお経をもらった帰り道の話で、悟空たちは如意棒やまぐわなどの武器(法具)を取り上げられ、仏僧の到彼、道術に通じた霊虚子がお経をそっと見守るという新たな展開。

 そして、帰路でも妖怪たちが登場するのですが、悟りを開いた三蔵法師はもう食べられないというので、長生やあれこれの効果抜群という真経をねらってきます。

 悟空や八戒など一行の掛け合いも楽しく、 『西遊記』続編としてしっかり楽しめました。

 そこで、翻訳紹介しようと思い立ったのですが、100回は大変な分量です。

 とりあえず、1回から10回までを、まず『続西遊記 第一巻』(Kindle電子書籍)として発売しました! 物語として楽しめるように、現代日本語に読みやすく意訳し、必要に応じて訳注を入れました。試訳とはあちこち異なります。

 今回の電子書籍は、嘉慶10年金鑑堂刊本を底本としています。
 ただ、影印は所々つぶれたりかすれたりしているので、流布本を副本として使用しました。

 Kindle Unlimited にも入っていますので、まずはちょい読みからでも是非。応援していただけるとモチベーションが上がります。

 よろしくお願い致します。

 嘉慶10年金鑑堂刊本には、そこそこの数の味のある挿画が付けられているので、適宜挿入しています。表紙に使ったのはその中の一枚、天竺に着いた三蔵一行が霊虚子の屋敷を訪れるところです。

 
  
 悟空が見えない? ではこちらを。見開きページにずれがありますが、三蔵、悟空、八戒、はっきりわかると思います。この時点ではまだ如意棒とまぐわを持っています。


 

2025年11月9日日曜日

『女仙外史』『続西遊記』第一巻kindle版電子書籍発売

  何度か紹介してきた『女仙外史』と『続西遊記』ですが、このたび、第一巻kindle版電子書籍発売の運びとなりました。

 かなり手直ししたので、試訳とはそこそこ異なります。

 どちらも、うすい文庫本ぐらいの長さ。2025年11月12日発売です。


 幸田露伴「運命」で知られる『新刻逸田叟女仙外史大奇書』初の現代日本語訳。
『女仙外史』第一巻(kindle電子書籍)
 第一巻は1回から10回まで。

https://amzn.to/4qNLcoD

女仙外史 第一巻 表紙
女仙外史 第一巻 表紙

目次

第一回 西王母、瑶池に宴を開き 天狼星、月殿に姻を求める
第二回 蒲台県に嫦娥降世し 林宦家に后羿投胎する
第三回 鮑仙姑、化身して乳母となり 唐賽兒、誕日に前因を悟る
第四回 裴道人、真春丹を秘授し 林公子、假庚帖を巧みに合わす
第五回 唐賽児、制を守り婚を辞し 林公子、家を棄て婦に就く
第六回 林郎嫁し半年で宿債を消し 柳妓嫖し戦で元陽を脱する
第七回 新墓を掃い、にわかに計都星に遇い 神尼を訪れ、直ちに無門洞に劈する
第八回 九天玄女、天書七巻を教え 太清道祖、丹薬三丸を賜う
第九回 饑荒を潤して清官、報奨を請い 結婚を謀って貪守、宮刑に遭う
第十回 董家荘で真素娥、妹を認め 賓善門で假端女、妖を降す
 

――――――――――――――――――――――― 

 滝沢馬琴「続西遊記国字評」で知られる幻の西遊記続編
『続西遊記』第一巻(Kindle電子書籍)
 第一巻は1回から10回まで。

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続西遊記 第一巻 表紙
続西遊記 第一巻 表紙

目次

第一回 霊虚子、投師して法を学び   到彼僧、接引して真に帰す
第二回 如来、優波塞の法を試し  徒衆、能を誇って姓名を説く
第三回 唐三蔵、仏に拝礼して経を求め   孫行者、機心から怪を生む
第四回 比丘に菩提の正念を授け   優婆に駆邪の梆子を賜る
第五回 吟咏を動かして聖僧、怪を兆し  詩句を和して蠧孽、妖を興こす
第六回 蠧妖、計を設けて蠶桑に変じ  蛙怪、兵を並べて経櫃を攔る
第七回 悟空一度金篐棒を盗み  龍馬二経をくわえて池を出る
第八回 悟空、芸を焚いて衆蠧を駆し 悟能、麝を騙って妖麋を惹く
第九回 志誠を論じて霊通に感応し 脇道に寄って真経を失散する
第十回 両僧人、経担を取り替え 衆老妖、霊芝を慶賀する
 

 原著の挿画が数点入っています。


 読んでいただけるとモチベーションが上がるので、是非お読み下さい。

 よろしくお願い致します。 

 

 

2025年5月6日火曜日

続西遊記 試訳メモ 1 第一回 霊虚子、投師して法を学び   到彼僧、接引して真に帰す

 第一回 霊虚子、投師して法を学び   到彼僧、接引して真に帰す

  円輪は輪の如く歳月流れ 個中の名利は浮漚《あわ》に等し
  呉越分け較ぶは無駄な事 馬牛《ばかもの》と呼ぶばかりなり
  世事にはすべて道理あり 人の謀み天の休《さいわい》に似る
  長生きの秘訣知りたくば 西遊続記を読みなされ
  西遊続記が書かれた訳は 人に一点の真《まこと》指《しめ》すため
  人が去るのは天地の定め 去っていかぬは仏仙身
  機心を滅して諸魔を伏し 霊覚開けば道力深まる
  ご覧あれ悟空こと孫行者 降妖変化の新たな様を

 話によれば西方には仏があり、如来と号している。苦行を重ねて大慈悲を具《そな》えたため、血気あるものはあまねく照らされる。まさにこれ釈迦牟尼尊者である、南無阿弥陀仏。天地開闢から周が成り秦漢から唐代に至るまでその感応は尽きるところがなく、霊通は讃えきれない。
 ある日、霊山雷音宝刹の大雄宝殿で九品の蓮台の法座に登り無上甚深微妙法《むじょうじんじんみみょうほう》を説けば、とりまく諸仏、菩薩、阿修羅などの多くの者はそれぞれに意味を悟って喜びに沸いた。如来が説法を終えると天花が繽紛《ひんぷん》と舞い、妙なる香りがゆらゆらと立ちのぼり、無極無量の世界に充ち満ちた。如来は智慧の力で大毫光を放ち三千大千閻浮衆生をあまねく照らした。
 無始より今日に至るまで種々の愆尤《あやまち》が造られ種々の果報《しあわせ》が受けられてきた。まさに仏面は満月の如く輝き、仏心は慈しまぬところなし。そして哀憫の心で衆仏菩薩に説く。
「すべての天と三界を観れば、哀れにも衆生は本来を失い、善を信じても孽𡨚《わざわい》からのがれられません。悪しき輪廻に沈み苦海に堕落するのは見るにしのびません。そこで三蔵真経を著しました。一蔵は天を談じ、一蔵は地を説き、一蔵は幽冥に及びます。この真経三蔵は人天の利益《りやく》となるばかりでなく、鬼道をも救えます。この修真の経路、成道の玄詮で善士となって天に登り、地獄の亡魂を脱することができます。
 四大部洲を見ると、南贍部洲は人が多く善悪が混沌としていて、聖人が賢く治めて政教が明らかにされていても、愚かで心根の悪い者がほしいままにふるまっています。この真経であれば罪災いを消し、福を降ろし生を延ばすことができるでしょう。東土に送ろうと思いましたが、人々が信じようとせず真文を毁謗《そこ》なってしまうのを恐れています。以前、すでに観自在菩薩に頼んでここに来る取経の僧たちを度化させました。この僧は前世では名を金蝉長老と言い、傲慢にも大教を軽んじたために真霊を貶《おとし》め人道に生まれて、今は幸いにも昔の因縁を悟り、南国で剃髪して出家し、名を玄奘と言います。道僧はこの功を行う生まれとなっており、千山万水であろうとも恐れずに、三途八難を過ごし尽くしました。
 従う幾人かの門下もすべてこの経に縁があって天の星が下った者、取経に十分でしょう。東土に持ち帰ったら永く勧善の珍、修真の宝とすべきです。とはいえこの僧は八十一難の艱難を受け、数え切れないほどの魔孽を受けます。孫悟空の霊通、猪八戒の力量があろうとも、菩薩護持神聖の助けがなければ妖怪たちを滅して唐僧をここまで来させるのは難しかったでしょう。さらにひとつ気になるのがこの経を取って去るときです。復路にも不浄の根因があり、魔孽が道をはばむでしょう。師徒の力量は軽微です。どうしたものでしょう。
 菩薩聖衆は声をそろえて答えて言う。
「我らはこの僧が来たる時に凡体を錬磨して成真したことを知っております。誠実な心で自らを信じて身を保って去るのに、なお不浄の根因があるとは。如来のお考えの成就を願いますが、いったい不浄の根因はどんな意味を持ちいかなる冤撃《わざわい》を成すのでしょう」
 如来が言う。
「諸孽は心が生みだします。心が浄《きよ》らかであれば魔は滅し、心が種を生み魔が生じます。この僧たちがどんな考えを持ちどんな心で来るのかを確かめるばかりです」
 如来は説き終えると、阿難と迦葉に命じて宝経閣にある三蔵の真経を調べて準備し、取経の僧が来るのを待つように命じた。阿難が如来の意を受けて宝経閣に去ったことは置く。

 さて霊山の仏会に一人の在家修行道者があった。これを仏門では優婆塞と呼ぶ。剃髪して出家した者は比丘僧と呼ぶ。天竺国の境内にいた一人の優婆塞道者は法号を霊虚子と言った。この道者は三度目の生まれかわりで、もともとは久しく修禅した貴人であったが、誤って猟師の家に生まれたために血腥い汚れに惹かれ、再び道真の家に生まれて傍門の脇道にそれ、三度目にこの霊山のふもとで善男子に生まれたのだが、いささか正念に不足があり、仏門に帰依し香を焚き経を読み僧に斎を出し日々布施をして剃髪した僧のような心を持っていながら、これまでの因縁が未だ浄らかになっていないためなおも変幻処術を好むのであった。
 ある日、村の広場に座っていると、にぎやかな市場で法術使いが仕事をはじめるところであった。蓮の花をみるみるうちに咲かせたり、鳥を飛び舞わせたり、三頭六臂の巨人に変じたり、美女に化けて百媚千嬌をふりまいたり、見物人が金銭を出せば何でも好きなものに変じて楽しませるという。霊虚子はこれを見ると喜びに堪えず金銭を出して術者にたずねた。
「変化の術を使うようだが、蒼龍に変じることはできるか?」
 術者は金銭を受けとると、さっとひと飛び、たちまち五色の雲が空に湧きあがり一条の蒼龍が雲の中に見えた。
  
  彩色の雲が漢《そら》を飛び   蒼龍碧空に現れる
  口から噴くは甘露の雨   五つの爪で霓虹《にじ》に駕す

 術者は蒼龍に変化して空中をひとまわりすると、また元のように下りてきた。人々はすばらしいと喝采する。霊虚子はすぐに金銭を出して術者に猛虎に変身できるかたずねた。術者は金銭を受けとると身をひとゆすりして、たちまち一匹の猛虎に変じて市場で咆哮をあげた。これを見て人々は驚愕する。霊虚子は人々に言う。
「驚くことはない。ただの変化術で、人を傷つけることはない」
 その虎を見れば、

  白い額に斑爛《あざやか》な体  長い鬚に赤い晴《ひとみ》熖《も》え
  一声大きく嘯《うそぶ》く處   山岳は盡皆《すっかり》傾く

 人々の中の肝が据わった者は立ったまま変化のすばらしさを言い、恐れて遠くに逃げる者、身をよけても声にあわてる者もあった。
 すぐに元にもどると、霊虚子がまたも金銭を出して別のものに変じさせようとしたが、人々は先を争って霊虚子に、
「たくさん使って、もう十分楽しんだだろう。わしらだって金銭を持っている。わしにも術を確かめさせてくれ」
 霊虚子は競い合う人々に言う。
「皆さんがたのお楽しみを取りはしませんよ」
 人々は金銭を出し、たぐいまれな美少年に変化してもらってはどうだと言っていたが、中の一人が金銭を取り出して術者に言う。
「猛虎になって人を嚇《おど》かし、蒼龍になって目をくらませてくれたが、なまめかしい美女に変じて歌い舞って見せてわしらを楽しませてくれるほうがさらにいい」
 術者は金銭を受けとると身をひとゆらしして変化し、その場にたちまち琵琶を抱えた一人の女が現れ、なまめかしく美しく歌を歌い、弦を弾いた。人々は喝采する。その女はと言えば、

  蛾眉に翠《みどり》の黛《まゆずみ》をつけ   口上手が朱の唇を啓く
  玉指で絲索《きぬのいと》を揮い   金蓮《かわいいあし》が地の塵を蹯《ふ》む
  嬝娜《しなやか》なこと類がなく   香風がさらに人に逼《せま》る
  巫山(の女神)に麗質を誇り   洛水に全真《せんにょ》を得る

 霊虚子は見るなり目を閉じ顔を背けて自問する。
「世の人は我がちに金銭を出してこの美貌の佳人に変じさせ、目を動かそうともしないで見つめて私のことなど気にしない。在家信者が邪なものを見るのはいかがなものか。市の人々は霊虚子が顔を背けて目を閉じているのを見て、斎を求める念仏道者だと言う者あり、小賢しくふるまってはいるが心の中はどうなのだと笑う者あり。女は歌をひとつ歌い終えると琵琶を捨て一舞いして、また元の術者にもどってその場に立っていた。
 夕方になると術者は仕事をやめて身を起こし、人々は立ち去った。霊虚子は進み出て声をかけた。
「お師匠様、どうか寒舍《わがや》でお食事をとり、何かご教示下さい」
 術人は、霊虚子が落ちついていて言葉おだやかであったので、喜んで家について行った。客間に通されると、霊虚子は茶を出させ、斎を用意させる一方で、頭を下げて拝んで言う。
「お師匠様はどちらの方でお名前は何とおっしゃるのですが? あのすばらしい神術はどなたに授けられたのでしょう?」
 術者はこれを聞くと、こう答えた。
「小子《わたし》は南方の者で姓を万、名は二文字で化因と申し、あちこちをさまよって道を訪ね師匠を求めているうちに、異人《せんにん》にめぐりあってこの幻化の法術を授けられ、金銭を得ております。小子は日々の糧の他はごく質素にすませて橋や道の補修で陰徳を積んで俗世を出ようとしております。我が師匠がかつて西方に聖人がいて教えを授けて下さっていると言っていらしたので、ここまで進んでまいりました。おたずねします、善人のお名前は?」
 霊虚子は答えて言う。
「小子は霊虚子と申して仏門に入り香を焚き経を唱えてはおりますが、まだ剃髪はしておりません。お師匠様の法術のすばらしさを見るに真を修め道にかなった神通力に思えます。もしご伝授いただけるなら家財をなげうって門下の一徒弟となり、お師匠様を見習って変化の法術の十分の一でも得られれば、終身忘れはいたしません」
 万化因は聞いて答える。
「小子の法術はささやかなものであっても道にかなったもの。善人様が学びたいとおっしゃられても軽々しくは伝えられません。修煉し虚に還り虚に繇《したが》い、無に入らなければ示すことができません。そういう訳で、そこに至った者だけが学び得るのです。」
 霊虚子は聞くと、ただ叩頭し、家に留まって教えてくれるよう願った。そして建物の一室を清めて師匠を招き、黄金や白璧を贈り物として留まってもらった。万化因は霊虚子の家に住み、朝夕法術の講義をした。
 時のたつのは早く、覚えず三年が過ぎた。霊虚子は聡明で変化術だけを志したので、十のうちの九までを会得した。
 ある日、万化因は霊虚子の学術がすでに成ったのを見て、別れを告げて行こうとした。霊虚子は留めておくこともできず、謝礼金を準備して百里の遠くまで見送ると、はるか遠くの人気のないところに荒れた亭《あずまや》があった。霊虚子が手でひと指しすると、空っぽの亭の中に酒席が現れた。万化因は見て笑って言う。
「徒弟は師匠に技を見せびらかすつもりかね。まあ、そうだとしても敬意からだろう。好意として送別の杯を受けようではないか」
 霊虚子は跪き一盃の酒を捧げた。万化因は飲み終えると一盃を返し、袖をひとふりすると、亭の傍らに盤が現れた。盤には霊虚子がこれまで師匠に謝礼として贈ってきたものすべてが封も切らずに乗っていた。万化因が笑って霊虚子に言う。
「この盤の中のものはみな徒弟が送ってくれたものだ。わしの法術はすでに伝授する者を見つけた。長いこと世話になった。おまえの家産を費やすべきではない。わしが去ったら貧しい者たちを助けなさい。いらないことだったのだ。おまえにはただ敬ってもらえれば良かった。道法はこのようなわずかな金で受けられるものではない。おまえの金を受けとれば法を売ることになってしまう。持って行きなさい」
 霊虚子がようやく「お持ち下さい」と口を開きかけた時には、万化因は振りかえりもせず飛ぶように去っていた。霊虚子は金銀を持ち帰るしかなかった。家に帰ると終日法術を演習し、霊山の仏会に顔を出そうとしなかった。
 優婆塞たちは霊虚子が会になかなか出てこないので話し合いをし、ある者は彼が怠けて道心を失い講義のことを忘れていると言い、ある者は彼が以前の修行を忘れて罪業に陥ったのだと言った。するとある比丘僧が言った。
「小僧は霊虚子が閉じこもって三年傍門幻術の者に師事して邪法を演習していると聞いた。かわいそうに道を誤って迷っているのだ。どうすれば正しい道に戻せるだろう」
 優婆塞たちはこれを聞くと声をそろえて言う。
「そう言われれば聞いたことがあるがはっきりしない。もしそうであるなら比丘の誰かが慈悲心を発して彼をこの会に連れもどすのがいいだろう」
 比丘僧の中に法号を到彼という者がいて、進み出て説いて言う。
「小僧が如来に申し上げて彼を説得してもらいましょう」
 優婆塞たちは言う。
「正しいことをするのに仏に願ってお煩わせすることもない。我ら比丘が速やかに向かって導くべきだ。遅れてはならない」
 到彼僧はこれを聞くと、すぐに身を起こして霊虚子の家に向かった。門前にいた家僮《めしつかい》が見つけて霊虚子に知らせると、霊虚子は神通を使って老下僕に変化して門を出て到彼僧を見てみれば、

  髪を剃って煩悩を降し  艾《か》った鬚は俗塵に遠く
  緇衣《くろいころも》を偏袒《かたにかけ》て着る   仏会の有縁の人

 老下僕は見るとすぐに口を開いて説く。
「長老様、わしの主人は外に遊びに出ておりました、長らく帰っておりません。どうぞすぐお戻りになり、日をお改め下さい」
 到彼僧はすでにこれが霊虚子が変じた者だと気づいており、笑って言う。

  霊虚自身が戻れとは  なぜまた蒼頭《じいや》に変化した
  姿変えても声変えず  話し方まで前のまま

 霊虚子は僧の言葉で見破られたと知り、門を入って一人の子どもに変化して門を出て言う。
「老先生は誰を訪ねたんですか? ご主人様は友達に会いに行っていて家にいませんよ」
 比丘僧はこれを見て大笑いして言う。

  年寄り蒼頭《じいや》が行ったと思えば たちまち顔が童顔になる
  丹田を変えず保ちつつ どうすれば顔を変えられる? 

 霊虚子は二度も僧人に言い破られて、あわてて答える。
「ご主人様は外出していて、奥様なら行方をご存知かも。老先生、しばらく立ったままお待ちください、お知らせしてきます」
 子どもは門内に歩いていき、あわただしく優婆夷の老婦人に変化した。中門の簾の中から説いて言う。
「老先生はおそらく霊山の会からいらしたのでしょう。夫の優婆塞道者は三年あまりも外遊していて、今日の早朝に帰ったのですが、また村に行ってしまいました。どうぞ客間にお入りになって、しばらく座ってお休みになってお待ちください」
 到彼僧は聞くと、笑って言った。

  本来の霊虚の顔かたち 今度は女に変化した
  黄婆《ひぞう》の配合変わらない 我僧を弄すもほどほどに

 霊虚子は僧人を騙せなかったと気づくと、またも大笑いして片手で僧衣を引いて言う。
「師兄の智光に弟子の幻術はすっかり見破られました。お出迎えせず失礼致しました。どうぞ客間でおかけになって再び久闊を叙しましょう」
 到彼僧は客間に導かれ、二人は礼をかわしあった。到彼僧が問う。
「師兄はなぜ長い間、会にいらっしゃらないのですか?」
 霊虚子が答えて言う。
「長らく遠くに出かけておりまして、仏会におもむいて御仏を仰がなかった罪が大きすぎまして」
 到彼僧が笑って言う。
「僧が見たところ師兄の道法はすばらしい正果を得ております。耳に聞こえるものは虚でなく、目に見えるものすべてが実。思うに師兄は正しい智慧により、朝夕修行を重ねられた。悟りを知りながら、なぜ脇道に堕落して邪な幻術など使うのです。あなたはさまざまなものに変化できるとおっしゃいますが、愚かで惑わされやすい凡俗の智恵ではものごとをはっきり知ることはできません。清く透き通った慧光を持つお方です」
 霊虚子が笑って言う。
「師兄がおっしゃったではありませんか。小弟が真で、蒼頭や子どもは假《にせ》だと、どうやって見破られたのですか?」
 到彼僧が言う。
「師兄はかねてから禅門にいらっしゃいますが、真実には理があって虚ではなく、若し人が悟りを得ることができれば天地にも鬼神にも気づかれずに物事を成すことができるということを、なぜご存知ないのですか? もし師兄の変化が人の心によるもので幻で詐ろうとするのであったなら、人に知られるのはわかっているはず。逆に自分を騙すことはできても人から騙されることはないとおわかりのはず。小僧は真の処から真を尋ねます。師兄の假の処から假が露れたにすぎません。これは小僧の考えですが、師兄はこれまでの假を洗い清めて今日の日の真にお帰りになって正しい道を歩み邪魔や外道をお捨て去り下さい」
 霊虚子は答えて言う。
「師兄がおいでにならなければ、小道はただこの変化のすばらしさで誰にも知られずに世の人を瞞し続けていたでしょう。師兄に見破られて、これが習っても無益なものだと自覚致しました。どうか假を捨て真に帰り、霊山の仏会に赴き、以前の行いを悔い改めて罪孽を消させて下さい」
 到彼僧が答えて言う。
「悔い改めて自ら罪孽を消すつもりなら速やかに反省するといいでしょう。師兄は家で静かに凡念を洗い清めるべきです。如来が龍華会を終えてお帰りになり大乗の講義を開講すれば、再び以前の会の続きが始まります」
 霊虚子はただただ言われたことを聞き、到彼僧は別れを告げて門を出た。さて、これからどうなりますか、次回をお聞き下さい。

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付記

 試しに訳してみた『続西遊記』ですが、想像以上に難解なところがあり、なかなか厳しいです。

 何と言っても『西遊記』の続編ということで、三蔵法師、悟空、八戒といった面々が、ほぼそのままのキャラクターとして登場、ただし、如意棒やまぐわを取り上げられて、霊虚子と到彼という二人が新たに追加され、取経の帰り道でたくさんの妖怪と渡り合っていく、なかなか楽しい作品なのですが、残念ながら日本ではほぼ知られていません。

 成立は 明代で作者不明、真復居士の評がつけられており、滝沢馬琴が読んで、『続西遊記国字評』を残しています。

 翻訳の底本には古本小説集成収載の嘉慶十年(1805)刊行の金鑑堂刊本を用いています。こなれていない試訳ですが、2025年のGWの記録としてとりあえずあげておきます。

 


読みにくいので、縦読み版を作ってみました。

続西遊記メモ 第一回試訳 縦読み




2022年5月11日水曜日

女仙外史試訳メモ1

 以前に試訳した女仙外史第一回をFANBOXで公開しました。

第一回 西王母、瑶池に宴を開き 天狼星、月殿に姻を求める

  月の女神の嫦娥が天界で因縁をつけられて下界に降ることに成るわけですが、西王母が住まう瑶池の様子が描写され、斉天大聖となった孫悟空が登場していたりと、神怪小説・ファンタジー感たっぷりとなっています。

 第二回以降もとりあえずFANBOXで公開していく予定です。
 何といっても100回と長いので、長期戦ですが、まとまったら出版(電子出版含む)できたらなと思っています。  

 FANBOXでは、ほかにも下書きやメモ類を公開・先行公開していきます。応援していただけると、モチベーションが上がります。

2021年8月12日木曜日

続西遊記メモ1

 ■続西遊記

『西遊記』には、別の作者が書いた関連小説がいくつか残されている。

 主に、『続西遊記』、『後西遊記』、『西遊補』 などだ。

 このうち、『後西遊記』、『西遊補』は、翻訳、紹介された本があるので、『続西遊記』について翻訳がないか調べてみたところ、今のところないようだ。

『続西遊記』は、江戸時代には日本に入ってきていた。 

 清の嘉慶十年(1805)の本が残されている。

■馬琴などが酷評

 滝沢馬琴が批評を残しているが、一読すると、酷評そのものである。

 馬琴の「続西遊記国字評」が「早稲田大学図書館古典籍総合データベース」で公開されている。

 馬琴によれば、清代の作で、作者はおそらく、評点と序に名前のある真復居士だろうとしている。(馬琴は、表題にある貞復居士ではなく、落款にある真復居士が正しいだろうとしている)

 理念と内容が一致していないだとか、ダブルスタンダードだとか、 『西遊記』で成果を得て仏になったのに、また悟っていないのと同じことをしているのは、『西遊記』の意図を理解していないだとか、蛇足だとか、女装が悪趣味だ、などなど。

 ただし、同じ文章の中で、『西洋記』にも、わずかに触れており、それよりはずっと高評価。

 また、依田学海が、『四大奇書・上』(博文館、1896-1909)の「西遊記考」の中で触れており、これも酷評。文意極めて鬱嗇して、その筋透らず。一巻を読みてもはや眠気をも催すべきもの、だとか、前記作者の意に背戻するを甚し、といったような書かれ方をしている。

 また、前編に続けて書かれるものであれば 、前編の遺漏を補うか、趣を易えるべきなのに、『続西遊記』には、それができていないという。一方、『後西遊記』は、文学としても高い評価を得ている。

『後西遊記』は、木村黙老からも高評価を得ていて、『続西遊記』『水滸後伝』『西洋記』等の上に出るとされている。黙老の「後西遊記国字評」は「早稲田大学図書館古典籍総合データベース」で公開されている。 

 前後して、久保天隨 述『支那文學史. 下』(早稲田大學出版部、18ーー)[早稻田大學四十三年度文學科講義録]の中でも、『後西遊記』は高評価を得ているが、『続西遊記』は「命意すでに拙、文辞極めて鬱嗇、まことに狗尾なり」と、学者間で、低評価であることに定評ができてしまっていたようだ。

■実は馬琴の評は酷評ではない

 ところが、馬琴の国字評は、一見酷評に思えるのだが、『続西遊記』曲亭馬琴「西遊記抄録」 解題と翻刻(上) によれば、実は、馬琴としては結構、好意的な評価だったようだ。

  西遊記のような重複がなく、淫奔なことを書いていない。後半五十回以降が、尤おもしろく思えたといった評価になっている。

 馬琴は、『続西遊記』を、「機心が動く→妖魔登場→機心が消えると妖魔も消える」という流れの反復として考えていて、心の放縦が妖魔を引き寄せるという『西遊記』では隠されていたテーマをはっきりさせた功績があると言っている。

 低評価だから読む価値がないと断じてしまわず、辛辣な批評で有名であったらしい馬琴が見るところがあると思った作品であるし、そろそろ評価が見直されてもいいのではないだろうか?

 ■概要

 三蔵法師一行が、天竺でお経をもらった後、またしてもさまざまな妖怪に邪魔されながら帰国する話。

 ただし、悟空は如意棒を、八戒はまぐわを、沙悟浄は宝杖を取り上げられて禅杖を渡され、殺生せずにお経を護送するように言われる。また、四人を見守るようにと、比丘僧の到彼と優婆塞(在家信者)の霊虚子が付けられる。

「如意棒はない。
 悟空、妖怪どうする!?」

 というところ。武器がないために、苦戦を強いられ、助けを求めに行ったり、お経の力を使ったり、到彼僧や霊虚子によって助けられたり、やはり武器を取りもどしたいと何度も盗みに入ったり、女装したり、あれやこれやで妖怪を退けながら、東をめざす。

■機変・機心

 帰り道でも妖怪が出てくるのは、悟空に機変の心が残っているから妖怪を引き寄せるのだとされ、八十八種の機心というのは、姦盜邪淫などなどと説明される。

機心」は、荘子・外編に典故を取っており、「機会があるから何かしでかす、何かしでかすのは機心があるから」というような解釈になると思われる。

 つまり、騙そうとする心、利益を得ようとする心、何かしでかそうとする心が、妖怪を引き寄せるから、それを克服しながら旅を続けるという事になる。


2021年8月11日水曜日

混元盒五毒全伝メモ

『 混元盒五毒全伝』または、「張天子収妖伝」。清代の版本しか残っていないが、おそらく成立は明代。

 版本、成立と発展等については、山下一夫「混元盒物語の成立と展開」参照。

『 混元盒五毒全伝』富経堂本と、後代の小説「聚仙亭」、燕影劇「混元盒」などを読むことができた。

 後代の小説「聚仙亭」(『聚仙亭全伝』)は、『 混元盒五毒全伝』富経堂本二十回を十回にまとめただけかと思っていたら、そうではなく、細かい部分が、だいぶ省略されたり、合理化されたりしていた。

 混元盒(こんげんごう)は、中に妖怪を封じ込めることができるふた付きの宝器。ただし、小説中には、混元盒の形や色に関しての記述はない。

 一部の風習として、端午の節句に、五種類の毒のある生き物を描いた五毒図を描いて壁に貼ったりすることがあるというが、「 混元盒五毒全伝」は、その由来譚となっている。

 五毒については、五種類とされてはいるが、何であるかは確定されていないようで、作中でも、ヒキガエル、サソリ、毒蛇、ムカデ、蜘蛛、ヤモリの六種類が 混元盒に収められている。

 燕影劇「混元盒」は、すでに「封神演義」の影響を受けており、冒頭から金花娘娘が「截教」だと名のっている。

 


2021年1月28日木曜日

緑野仙踪メモ1

『緑野仙踪』

 八十回または百回。長い。
 清代の神怪小説は、明代のものと違い、社会描写が強くなっている。

  戦前の抄訳である、山県初男、竹内克己 共訳『不老不死仙遊記』(1933年、立命館出版)を読んでいればわかると思うが、世情を描き出す筆から、『金瓶梅』と比較されることもある、かなり大人向け部分のある作品である。

 児童向けの翻訳である、奥野信太郎訳「緑野の仙人」(1956年、東京創元社「世界少年少女文学全集 東洋編」収載)で読んだ人は、全貌を知ったら、びっくりするかもしれない。

  百回本は、特に、描写が詳細なため、手書き抄本しか残っていない。

 八十回本は、出版された本が残っている。また、現在流通している刊本の多くは八十回本をもとにしており、百回本をもとにした刊本も、『金瓶梅』同様、問題になる部分を削除してある。

 百回の手書き抄本の影印は古本小説叢刊に収められているものなどがある。

 百回影印本では、主人公は「冷于氷」、倭寇の大将は「夷目妙美」となっている。

 出世の道を断たれた主人公が仙人を目指し、火龍真人から秘法を授けられ、各地をめぐって妖怪を退治したり、弟子を取ったり、人助けをしたり、戦争にかかわったり、貪官汚吏をこらしめたり、と修練していく。そのあちこちでの師弟や人々との関わりなどから、世のありさまが詳細に描き出されていく。


 

2021年1月23日土曜日

女仙外史メモ1

『女仙外史』

 百回。長い。
 作者は清代の呂熊(りょゆう)(字(あざな)は文兆、号は逸田叟) 
 嫦娥が下凡して、術によって民衆反乱を助けるなど、法術バリバリで女傑続出。読みようによっては、実はかなりエロティックな部分もあるのだが、明の永楽年間の唐賽児(とうさいじ)の反乱を描いたものと紹介されるのが一般的だろう。

『平妖伝』も『女仙外史』も歴史上の反乱をもとに神怪小説にしているのだが、『平妖伝』は何度も訳されているのに、『女仙外史』は江戸時代に未完の訳があるだけな理由は、長すぎる点の他、作者の知名度の差にもあるのではないだろうか?
『平妖伝』は羅貫中、馮夢竜といった著名人がかかわっていたので、売りやすかったのではないだろうか? 
 
 釣璜軒刊本から、いくらか題を試訳してあげておく。
 
第一回 西王母、瑶池に宴を開き 天狼星、月殿に姻を求める
第二回 蒲台県に嫦娥降世し 林宦家に后羿投胎する
第八回 九天玄女、天書七巻を教え 太清道祖、丹薬三丸を賜う
第十一回 小猴虎に変じて邪道真を侵し 両絲龍に化して霊雨旱を済(すく)う
第十二回 柳煙児身を捨てて鹿怪を賺し 唐月君国の為に蝗災を掃う
第十七回 黒風、盛帥の旗を吹き折り 紫雲、燕王の命を護り救う
第二十一回 燕王、千百の忠臣を殺し 教坊、幾多の烈女を発する
第二十八回 衛指揮、月明に寨を動かし 呂軍師、雪夜に城を屠る
第三十一回 驪山老姥、十八仙詩を徵し 剎魔公主、三千鬼話を講ずる
第三十三回 景公子、義により火力士を求め 聶陰娘、智により鉄監軍を救う
第三十四回 安遠侯、空しく三奇計を出し 呂司馬、大いに両路兵を破る 
第三十六回 唐月君、済南都を創立し 呂師貞、建文帝を議訪する 
第三十九回 美貞娘、美淫宮を殺し 女秀才、女剣侠を降す
第四十回 済寧州で三女、監河を殺し 兗州府で四士、太守を逐う
第四十一回 呂司馬、闕裏廟に謁し 景僉都、沂州城を抜く
第四十二回 僇敗の将、三王に禍を及ぼし 蠱謠の言、一剣に謀を生む
第四十四回 十万の倭夷、殺劫に遭い 両三の美女、奇勛を建てる
第五十回 蒲葵扇、虎豹遊魂を挙掃し 赤烏鏡、魑魅幻魄を飛駆する
第五十一回 鬼母、奎道人を手劈し 燕児、李豎を腰斬する
第五十四回 海を航り山を梯し、八蛮、貢を競い 天を談じ地を説き、諸子、鋒を争う
第五十六回 張羽士、天師府に神謁し 温元帥、霊猴使を怒劈する 
第六十一回 剣仙師、一葉にて貞姑を訪ね 女飛将、片旗にて敵帥を駆る 
第六十四回 方学士、片言で七令を折り 鉄先生、一札で諸官を服す 
第六十六回 譚都督、睢水を夾んで重営を立て 鉄元帥、浮橋を焚いて勍敵を破る
第六十八回 呂軍師、星を占って寨を抜き 谷藩王、讖を造って戈を興す 
第七十回 神通を逞しくし連黛、妖兵を統べ 風流を売って柳煙、偽主に服す
第七十四回 両首の詩を南陽草廬に題し 一夕の話に諸葛武侯を夢みる 
第七十七回 崗山を焼き伏卒を火で攻め 湘江を決し堅城を水で灌ぐ 
第八十三回 建文帝、君臣典礼を敕議し 唐月君、男女儀制を頒行する 
第八十四回 呂師相、奏して刑書を正し 高少保、請いて賦役を定める 
第八十五回 凶災を大いに救い刹魔、金を貸し 道術を小さく施し鬼神、粟を移す 
 
 軍記に法術が入り交じり、女仙・女傑たちが大いに活躍しているのがわかる。


2020年10月16日金曜日

江戸時代と『封神演義』、九尾の狐譚

 ■北斎が雲中子や雷震、照魔鏡を描いていた

 
『封神演義』まわりの研究も、少しずつ進んでいて、江戸時代の「武王軍談」「三国妖婦伝」「三国殺生石」といった作品群のことなどが話題に上っていたので、メモしておく。
『封神演義』が『春秋列国志伝』巻一と『武王伐紂平話』を下敷きにしていることは知られているが、さらにそこに江戸時代の関連作品もくっつけてみる。
 
 大英博物館に新たに収蔵された葛飾北斎の「万物絵本大全図」(1829)の中の一枚に、
 
雲仲子 / 照魔鏡ニテ妊狐ノ象ヲ見現ス / 雷震
 
という文字があって、仙人と大槌を持った若者が九尾の狐が映った四角い(縦長)の鏡をのぞいている絵がある。→画像へのリンク
https://www.britishmuseum.org/collection/object/A_2020-3015-17  
高さ: 11.20 センチ、幅: 15.30 センチ というから、それほど大きな作品ではなさそうだ。
 
 江戸時代、滝沢馬琴(曲亭馬琴) は『封神演義』を入手していた。
 馬琴は、自分の作品に『封神演義』からも趣向を取り入れていた。
 馬琴は、『通俗武王軍談』を『封神演義』の訳だと勘違いしていた可能性があるという。
 

三宅 宏幸「曲亭馬琴『殺生石後日怪談』の生成 : 〈殷周革命説話〉の構想を軸に」

などを参照。
 
  江戸時代、『封神演義』自体は翻訳されることがなかった。
 だが、人々は紂王や妲己、太公望のことを知っていた。
「武王軍談」や「三国妖婦伝(三国妖狐伝)」といった話が知られていたからだ。
 むしろ、妲己(九尾の狐)は、玉藻前の前身として知られていたのかもしれない。
 
 私が気になったのは、「照魔鏡」である。
(あと、「雷震子」ではなく「雷震」になっている点も区別に有効だろう)
 
 雲中子が童子に命じるなどして照魔鏡で妲己の正体が九尾の狐(妖狐)であることを見ぬく、というシーンは、『封神演義』にはない。
『武王伐紂平話』にもない。
『春秋列国志伝』巻一にはある。
 他、江戸時代に刊行された、 「武王軍談」「三国妖婦伝」「三国殺生石」といった作品には、たいがい登場する。
「武王軍談」は、ほぼ『春秋列国志伝』巻一と一緒である。
 これが日本での、妲己(九尾の狐)が紂王をたぶらかし、武王が太公望を迎えて紂王を倒して周を建国するという物語の基本になったようだ。雷震子ならぬ「雷震」が登場し、哪吒や楊戩などは出てこない。
 さらに「三国」とつくのは、九尾の狐が唐から天竺に渡り、さらに日本に来たという三つの国の物語をまとめて、最後は玉藻の前になったというスケールを持っているからである。
 この三国にしたところは日本独自の発展だろう。
 中国では、神仙が戦う物語『封神演義』になり、日本では三国を股に掛け、九尾の狐は大忙しだ。
 
 
 別の点として、 北斎が描いた照魔鏡が、四角いことが気になった。
 そこで、各種の本に出てくる照魔鏡を集めて比較してみることにした。

 確認できた資料のおよその年代(見ているものが少なく、間違っている可能性もある)
 
『通俗武王軍談』(通俗列國志) 寶永2年刊(1705)のものもあるようだが、正確には不明。内容を確認したのは、明治20年に刊行された国会図書館蔵のもの。
『絵本武王軍談』(画本武王軍談)曲亭馬琴作・北尾重政画 寛政13年序刊(1801)
『絵本三国妖婦伝』 高井蘭山作 蹄斎 北馬画(1804)
『画本玉藻前』絵本玉藻譚)法橋玉山画(文化二刊(1805)
『三国妖狐殺生石』 五柳亭 徳升作 歌川 国安画(1830)
『本朝武王軍談』 十返舎一九(1833)

他に、照魔鏡が出てくる作品として、『絵本西遊記』(『絵本西遊全伝』)もあるので、参考にする。
 

『絵本西遊記』の照魔鏡

 
絵本西遊記』は、文政11(1828)刊のものが、早稲田大学図書館で公開(無断転載禁止)されていた。
 かなり傷んでいて、書き込みなどもある。
 照魔鏡は丸型。
 哪叱とされている哪吒が大人で、髭が生えていることや、顕聖真君と表記されている二郎神の形象も見ておきたい。哮天犬(吼天犬、細犬)は画面左ページの右下に、白い犬として描かれている。 
 他にも、関西大学図書館 中村幸彦文庫などにも所蔵されており、画像が公開(無断転載禁止)されている。
 いずれも、哮天犬は白い。
  おそらくこれを改編再録したのが
 国会図書館蔵の『絵本西遊記全伝』(口木山人 訳 東京金玉出版社 明16.9)
 
 
 およその構図やモチーフはほぼ一緒だが、哮天犬の位置が右ページ左下になり、犬の色も変わっている(白くない)。
 照魔鏡は丸型。 
 
 もし、絵の描かれた当時、『封神演義』が知られていたら、さすがに哪吒を大人にする事はなかっただろうと思われる。 二郎神も、髭もじゃにはされにくかったのではないだろうか。
 

 ■「三国妖狐伝」系物語の照魔鏡

 
 続いて、「武王軍談」「三国妖婦伝」「三国殺生石」といった作品群で、照魔鏡がどう描かれてきたかを見てみる。
 太公望が雲中子から照魔鏡を授けられるくだりもあるが、まず、最初に雲中子が照魔鏡で妲己の正体を見ぬくところを比較する。
 
 『絵本武王軍談』(画本武王軍談)曲亭馬琴作・北尾重政画 寛政13年序刊(1801)
国文学研究資料館蔵) CC BY-SA 4.0にて公開
 照魔鏡は見られない。 (文字では書かれている)
 
 
 
 『絵本三国妖婦伝』高井 蘭山作 蹄斎北馬画  文化元刊(1804)
 (国文学研究資料館蔵) CC BY-SA 4.0にて公開
 照魔鏡は丸型。
 

『絵本玉藻譚』えほんたまもものがたり  法橋玉山画(文化2刊(1805)
 (国文学研究資料館蔵) CC BY-SA 4.0にて公開 
 照魔鏡は丸型。
 

『三国妖狐殺生石』(国会図書館蔵)五柳亭徳升作 歌川国安画 文政13(1830)刊
 照魔鏡は丸型。
 

 
 『本朝武王軍談』 十返舎一九作 一勇斎国芳(歌川国芳)画(1833)(国会図書館蔵)
  照魔鏡は丸型。
 

 
 

 ■太公(太公望)の使う照魔鏡

 
 つづいて、 最後に妲己の処刑をするときに、正体を見ぬくために太公(太公望)が照魔鏡を使うところを比較してみる。
 このエピソードは『封神演義』および『武王伐紂平話』にはなく、『春秋列国志伝』巻一にはある。『武王軍談』にはある。 
 もともとは、「妲己を斬るように命じたが、処刑する者たちが美貌を見て殺すに忍びなくなり処刑できなかったため、太公が左右に命じて照魔宝鏡を掛けさせて照らすと九尾金毛の狐が映った」という内容である。これは、『春秋列国志伝』巻一と、『武王軍談』に共通する。
  
 確認できた資料の中には、処刑の時に妲己を照らして正体を見るエピソードが省かれていることもあった。また、太公望が雲中子から照魔鏡を授けられるシーンがあることもあった。
 
 『絵本武王軍談』(画本武王軍談)曲亭馬琴作・北尾重政画 寛政13年序刊(1801)
国文学研究資料館蔵) CC BY-SA 4.0にて公開
 照魔鏡で妲己を照らすエピソードは見られない。
 

 
『絵本三国妖婦伝』高井 蘭山作 蹄斎北馬画  文化元刊(1804)
 (国文学研究資料館蔵) CC BY-SA 4.0にて公開
 雲中子からもらった照魔鏡で妲己を照らすというエピソードが近くのページに書かれている。左にいる太公の左に九尾の狐の映った照魔鏡がある。照魔鏡は丸型。
 

 
『絵本玉藻譚』えほんたまもものがたり  法橋玉山画(文化2刊(1805)
 (国文学研究資料館蔵) CC BY-SA 4.0にて公開 
 照魔鏡のエピソードは省かれている。
 妲己のしかばねから白煙が立ちのぼり、その中に九尾金毛の妖狐があり、西に向かったことになっている。
 

 
『三国妖狐殺生石』(国会図書館蔵)五柳亭徳升作 歌川国安画 文政13(1830)刊
「せうまきやうをとりいだし…すがたをうつしみせしむる」と、「きうびはくめんのきつねとへんじ」とあり、照魔鏡で九尾白面の狐を映し出したというエピソードは書かれているが、絵の方には、照魔鏡は見られない。
 

  この先は明治時代のものがいろいろ残されているが、今回は江戸時代の受容についてなので、ここまで。
 
 今のところ、葛飾北斎の「万物絵本大全図」にあるような四角い照魔鏡は見つけられていない。雲中子と雷震が一緒に照魔鏡を見るというエピソードもない。おそらく、北斎の独創なのだろう。
 絵の中で照魔鏡に映っているのは、宮中とおぼしい場所に立っている狐の姿なので、妲己が宮中に入った後、雲中子が照魔鏡で妲己の正体が九尾の狐(妖狐)であることを見ぬくというエピソードを題材にしたのだろう。
 
 



 


 

2019年1月14日月曜日

西洋記を一部非公開とします

 長く続けてきた旅ですが、時代背景もあって、「西洋記」には人種差別的、暴力的、アダルトに近い表現などが含まれていると思われるため、一部を非公開とします。
 内容、表現などを配慮した上で、再開するかどうか、今後の課題とさせていただきます。


2017年9月23日土曜日

西洋記63

第三十四回 爪哇国負固不賓 咬海干持強出陣

 逆に火計にあった謝文彬は、水に飛び込む。この計略は国王とは関係なく、謝文彬の妻が計ったことらしい。謝文彬は中国人である。情報を聞き出し、捕らえた兵を帰国させる。

 さらに西に向かって、およそ十昼夜、また一つの国に着き、水陸二軍に分けて陣を敷く。
 偵察により、そこは爪哇国とわかり、来歴詳細が語られる。

 咬海干が敵対する、以前逃げた謝文彬が知らせたものらしい。
 征西遊撃将軍の馬龍が敵の咬海干ら三人を相手に奮戦


第三十五回 大将軍連声三捷 咬海干連敗而逃

 敵の『入海擒龍咬海干』という旗号から、馬龍ではなく、唐英が咬海干と戦い、箭と標を打ち合い、唐英が口で標を止める。長引いたので咬海干がいったん退く。
 なぜ唐英なら勝てるのかと問われた天師は、敵は魚眼将軍、魚は鷹に食われるものだ、と説明する。(唐英の「英」と「鷹」の音がどちらもyīngで、同じため)
 翌日は、大都督の金天雷が出て、唐英、馬龍が埋伏。咬海干ら三人を相手にした金天雷は咬海干の標を三度両断し、かなわないとみて咬海干が逃げる。
 今度は海鰍船で近づいてきた咬海干に矢を射かける。咬海干は張柏が射た矢を二度つかみ止めるが、三本目を受けて逃げる。

 三日後、また咬海干が海鰍船で攻め寄せたのを、火計を用いて追い払う。
 国師が宝船に災いが近づいていると告げる。はたして敵が水にもぐって来て船に穴を開けようとしているとわかる。

2017年9月22日金曜日

西洋記62

第三十三回 宝船経過羅斛国 宝船計破謝文彬

 賓童龍国国王がそれぞれの由来と持つ力を語る。国王はさらに私的な贈り物をしたいと言ったが、元帥は一銭たりとも受けなかった。
 ここから金蓮宝象国までは陸路で3日、海路だと7、8日。海路のほうが時間がかかるのは、間に崑崙山があるから。それから小国があり、仏国。元帥が兵士による剣舞を見せると、10日ほど行くと水戦に慣れた国があると言う。

 宝船はそこを離れ、10日ほど行くと高い山があり、国があるようである。水軍陸軍に分けて陣を敷く。
 羅斛国の国王もそれを知って文武百官を集めて協議する。刺麻児など戦おうとする者もあるが、国王は父王の時代に白馬や着物をもらっており、昔からの縁を考えて話をするべきだと言い、様子を探ることになる。
 宝船を訪れた刺麻児に玉璽のありかを尋ね、ないなら通過させてくれと言う鄭和に、刺麻児は、すぐに国王の元に戻り、降参書と贈り物を進貢すると答える。
 すぐに使節が来るが、鄭和は疑う。羅斛国の東門から軍馬が現れ、一触即発となる。
 国王には戦う気が無かったが、部下が従わなかったのだということがわかり、鄭和は国王の降参書と贈り物を受ける。
 白象一対、白獅子二十匹、白鼠二十匹、白亀二十匹、羅斛香二箱、沈速香各二十箱、大風子十瓶、薔薇露二瓶、蘇木二十本

 そこを出ると追ってくる軍があり、謝文彬。謝文彬は赤壁の時のように苦肉の策で降参を装って宝船を焼こうとするが、見破られる。天師が術を使って風を起こし、敵船を翻弄する。

2017年5月16日火曜日

西洋記61

 すると突然知らせが入り、金蓮宝象国の三太子が父王が南朝に降参したのを怨み、兵をひきいて逃げたという。

 また進むと、海岸を駆けてくる一騎があり、金蓮宝象国の国王がこの先の小国・賓童国に、宝船が行ったら降参するように伝えたと知らせてきた。

 夜になって碇を下ろすと、夜半、左軍で人馬の物音がし、ときの声が上がる。左軍の征西副都督黄全彦がよろいを着けて現れ、賊船が来たと報告する。これは金蓮宝象国の三太子が三十名あまりで海賊となったものであった。
 鄭和が道理を説いて説きふせ、降参させる。

 しばらく行くと芝の生えた山があったので、芝を取りに行かせる。この山は頂上に滝があり、そこに石碑がある。石碑に書かれた言葉から、霊山と呼ばれている。
 元帥はあたりのことをたずね、また船を進める。

 5、6日進むと、山のふもとに着き、さらに一日行くとひとつの国に着いた。
 そこは賓童龍国で、国王が降参書を持ってきて、労なく降参させ、竜眼杯、鳳尾の扇、珊瑚の枕、奇南香といった宝物を手に入れる。

2017年5月3日水曜日

西洋記60

 宝母は、一つの美しい石で、毎月十五日の晩、これを海辺に置くと宝が集まってくるので宝母と言う。
 海鏡は中国の蚌蛤(ぼうこう、ハマグリ)に似ていて中に小さな赤い蟹がいる。海鏡が空腹になると蟹が外に出て食事をし、満腹して帰ると海鏡もまた満腹する。その殻が光を反射するので海鏡と言う。
 大火珠は直径一寸ほどの珠で、全体が火で、昼には香や紙に火をつけることができ(仮にこうしておく、原文燎香褻紙)、夜にこれを持っていれば前後を車千乗のところまで照らすことができるために大火珠と言う。
 澄水珠は、直径一寸ほどの美しい無傷の玉で、清水の中に入れると見えなくなり、濁った水の中に入れると水がたちまち澄むので澄水珠と言う。
 辟寒犀は犀牛の角で、金色で、金盤に乗せて広間の上に置いておけば暖気で暖かくなるので辟寒犀と言われるようになった。
 象牙の敷物は象牙を細い糸にして敷物に織ったもので、上で眠れば百病が除かれる。
 吉貝布の吉貝というのは柯樹(イタジイ)で、花期に細い緒を取って紡いで布にしたもので五色に染めるととても美しいので吉貝布と言う。
 奇南香は知っているが、白鶴香はという具合にすべての宝貝(ほうばい)についてたずねた後で、伝国の玉璽のことをたずねる。南朝の玉璽はこの国にはない、見つかったら隠さず返すと約束する。

 左丞相に続き、右丞相も黄金や白銀やさまざまな産物を献上する。
 元帥は産物や酒や文字や暦や刑罰や風習についてあれこれたずねる。
 記録させ、礼物を収め、宴会を開いた後、元帥は国王や丞相に、南朝の青磁や布などを贈り返す。
 翌日、国内をご案内しましょうと言われるが、元帥は、軍務中だからと断り、毎年進貢し、臣と称するように言う。
 論功行賞を行ってから、船を西に進める。